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  • 執筆者の写真加藤亮太

国語、たのしい



たのしいなー


と思いつつ授業をしていた国語ですが、



「私だけ楽しくなっちゃっている危険性」



だけは避けたいと、



ドキドキしていましたが、



生徒さんから、





「もっと早く始めればよかった」


「面白い」



などと、お声をいただいており、

ホッとしております。







自慢するのは甚だ恥ずかしいのですが、



国語の授業こそ、


「勉強は、楽しい」


ということを体験できるものかと思っています。





初めて目にする研究対象(文章)を、


あーでもない、こーでもない、言いながら


1から研究する、








これが国語ですので、


たしかに


ほかの科目にはないものかもしれません。




(そもそも母国語を扱っている時点で、

難しいものなのですが、

それが心地よい、と感じられるのが、国語の良いところ)










さて、


先日、国語の授業のあと、


こんなことがありました。







「センセイ、今日読んだ文章って、発売されているんですか」




「発売はされていると思うけど。どうでしょうね、調べてみましょう」






ネットで検索したら、


ありました!





「時代の寸法」 森毅著 1998年




「中古でなら、手に入るみたいだよ」



「ありがとうございます。

お母さんに頼んで買ってもらいます!」






扱ったテキストは


「自分が生きる、その態度を、

常識の範囲のど真ん中に合わせることよりも、

常識の範囲の内側で、ぎりぎり外にはずれないところを

目指して生きるほうが、

人生が豊かになるのではないか」


という、


なかなかにお堅い論説だったのですが、




中2女子、


おもしろがってくれたみたいで、よかった!





(後日、実物を見せてくれました。)







そして、



この好奇心の芽、


けっして摘み取って無駄にしてはいけませんね!




日光と養分を与え、


できるだけ伸ばしていただきたいところです。





そんな生徒たちにとっての


すこしでも栄養となるべく、


また国語の授業がたのしみな私です。

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